◆古本・倉敷「蟲文庫」◆
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2010年03月22日

まほちゃんがやってきた

昨夜のしまおまほさんのトークショーは大盛況でした。お越しくださったみなさま、ありがとうございました。中にははるばる東京から来られていた方も。

トークは、まず「拝、ボーズ!!」とまほさんとの往来縁起からはじまり、こうゆうさんのお寺での修業体験のこと、好きなラジオ番組のこと、出演されている「ウイークエンドシャッフル」のことなどなど。あ、もちろん今回の作品のことなども。そして「いま、かつての水前寺清子のポジションにいるのは木村カエラではないか」とか「勝俣は風呂上がりに水を浴びる」とか「藤井フミヤといえば奥さん天ぷら油でボヤ出しましたね」というような、すばらしくどうでもいい芸能ネタの数々もたまらなく可笑しかったです。でもやっぱり、ふしぎな島尾家の話は格別によかったなあ。大量の年賀状の話とか。お父さんの三つの袋とか。

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ある方が「できれば、バークリ(「拝、ボーズ!!」のリスナーには有名なお店「Bar 栗坂」)で飲みながら、あのままぐだぐだ3時間くらい聞きたかった」と言われていましたが、いやまったく。そしてそれは司会のこうゆうさんの、さすがはプロ!な話術のおかげでもあります。お寺さんのトンデモ話もおもしろかったなあ。

でもみんな、なにはともあれまほちゃんに会えてうれしかった。ということに尽きるのではないでしょうか。帰りぎわに友達が「はあ、まほちゃん、やっぱりかわいかった…」とため息のようにひとこと。そういうことです。会えてよかったね。

用意していた『まほちゃんの家』もたくさん売れました。
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わたしもサインもらった。


しまおまほさんと最初にお会いしたのは、いまをさかのぼること3年前。ある雑誌の取材でクラムボンの原田郁子さんとともに天野こうゆうさんのお寺「高蔵寺」へ体験修業に来られた時でした。ちょうど『苔とあるく』を書いていた頃で、担当のHさんから、そのころ発刊されたばかりだった『まほちゃんの家』のことを聞いたりしていたのですが、古本屋という仕事柄、島尾家のことはもちろん知っていましたし、この前も書いた永井宏さんは、まほさんのお父さまの島尾伸三さんと仲良しで、わたしが書いたものが初めて掲載された雑誌『water magazine』に連載をもたれていたり、その後最初にクウネルに載せていただいた時も、同じ号にまほさんが奄美のお祖母さまを訪ねられた記事があったり、とそんなふうに一方的に「あ、偶然!」とよろこぶ機会が何度もあったのです。

で、その初対面の時、まずこうゆうさんと郁子さんが入ってこられ、おしゃべりなどしているところへ、表で電話をしていたまほさんが少し遅れて入ってこられたのですが、そんなこんなでわたしの頭の中ではまほさんについてのいろいろなことが駆け巡っていたもので、はじめましてのご挨拶もそこそこに思わず口から出たのが「Hさん!」という、担当編集者の名前。その瞬間、まほさんのあの大きな瞳がさらに大きく見開かれたとおもったら、「いま、Hさんと電話してた…」と。もちろん、まほさんはわたしがHさんの担当で本を書いていることなどご存知ありませんでしたし、Hさんも、まさかまほさんが倉敷にいるとも思わずに電話で話していたわけですが、もー、ほんとにこんなこともあるんですねえ、というようなある意味で衝撃的な出会いだったのです。

あれから3年、ふたたびお会いする機会ができて、わたしもほんとうにうれしかった。あの日お買い上げくださった、赤塚不二夫対談集『バカは死んでもバカなのだ』は、いまもまほさんの本棚で“現役”なのだそうです。またどこかでお会いできますように。


『しまおまほ展』くらしき蟲文庫は3月25日(木)まで。お近くの方はぜひ。


posted by 蟲文庫 at 18:01 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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