郷土史がご専門ですが、このたび処分されるのは文学が中心。
某氏:「新しい作家ゆうても、高橋和巳までじゃあなぁ」
蟲 :「......」
なんて具合ですので、単行本のほうは「これが30年前なら....」というような相当キビシイ状態ですが、「目が薄うなっしもうて、もう読めりゃあへんのんじゃ」と大放出された文庫本は、なかなかオモシロ渋いラインナップ。どうやら、ちょっとくだけたものは文庫で読まれていた様子。これはありがたいです。この方は、かなりまっとうな岡山弁を話されるので、勉強にもなります。
ただ、行くたびに、「ああ、これももうええわ」とちょっとずつ増えていくので、山はなかなか小さくなってくれません。
そんなところへ届いた一通のメール便。一昨日のことです。差出人の名前を見て、しばらく固まってしまいました。
〈石神井書林 内堀弘 拝〉
なぜだかうろたえる蟲文庫。だって、あの『ボン書店の幻ーモダニズム出版社の光と影』(白地社)、『石神井書林 日録』(晶文社)の、あの内堀さまです。もちろん一面識もありません。うわさの目録も、「見てはみたいけど、でもわたくしごときがお願いするのも...(どうせ買えんしな)」とためらい続けてはや数年。な、ナニゴトでしょうか、とドキドキしながら封を切る。
それは、なんとも、今月号の『彷書月刊』に書かせていただいた、「らしからぬ古本屋」についての感想と、店への激励がつづられたお手紙だったのです。あの気の抜けたつたない文章を、気に入ってくださったとのこと。わたしの「美穂」という名前からも、小山清の小説を思い出させる、と小山清について書かれた、『ちくま』の今月号も同封されてありました。
内堀さまは、お手紙の文面も、やはりぐっとくるものでした。蟲文庫、感激にございます。さっそくお返事を書いて投函。
「わ〜い 内堀さんにほめられた〜」というのを励みに、蟻さんは明日も明後日も古本を運びます。