暮れのある日、何冊かの本をお買い上げになったあと声をかけてくださった女性は、ちくま文庫版『わたしの小さな古本屋』の装画を担当してくださった平岡瞳さんでした。
このたびのことがあるまで、直接は行き来がなかった方で、お会いするのはもちろんはじめて。でも、この本が出来た時、東京のある古書店主さんから「えっ!平岡さんと田中さんて、知り合いじゃなかったんですか?」と驚かれたくらいで、たしかにぴったり、というのか、しっくりというのか、そうわたしが言うのも図々しいですが、出来上がった本を手に取ったとき、妙に、ほっと落ち着いた気持ちになったのです。思わず「よかったねえ」と自分の本にむかって声をかけてしまいました。そしてこの時ご本人にお会いして、件の古書店主さんの言葉をあらためて思い出しました。
しかも、オリジナルの版画を「もし、よかったら」とお贈りくださったのです。
いつか見てみたいと思っていましたが、まさか手元に置くことができるとは思いもしませんでした。それもご自身がわざわざ届けに来てくださるなんて。
平岡さんに装画をお願いすることなり、まずは「外観か店内の様子を」ということになったのですが、担当編集のTさんとデザイナーの横須賀拓さんと平岡さんとの打ち合わせの席上で、「のれんを外して、表から店内の様子を見たらどんな感じだろう」という意見が出たそうで、その後、わたしが様子を写真に撮って送りました。
そして出来上がった版画は、イメージ通り、ではなくて、イメージ以上。写真には写っていなかったり、写したわたしも気がついていなかった、いくつかの大切なものが描かれていて、ほんとうに驚きました。
いまは店の中の、どこに飾るのがいちばんいいかと思案中です。
ミルさんもいます。
それから、この本が発売になった直後くらいに書いた、龍膽寺雄『シャボテン幻想』(ちくま学芸文庫)の解説の中に登場する「本書をきっかけに育てはじめたサボテン」がこの絵の中にあるということにも、しばらくしてから気がついて、本人としては「あっ!」とびっくりした、ということもありました。
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店に出して間もなく売り切れの勢いなので、いまさらのお知らせで申し訳ないのですが、このたび新装版として再刊された、山尾悠子『角砂糖の日』が入りました。もとは1982年に深夜叢書社から出された、幻と言われていた歌集です。
『角砂糖の日』山尾悠子(LIBRAIRIE6)3200円+税
(※こちらの本は店頭販売のみとさせていただきます)完売となりました。ありがとうございました。(1/27 更新)
一頁に一首という贅沢なつくりで、三章あるそれぞれのトビラには、合田佐和子、まりのるうにい、山下陽子の挿画が入っています。
じつは、山尾悠子さんはお近くにお住いなので、「蟲文庫特別バージョンで」とサインを入れてくださいました。
以前からお名前と作品は存じてあげていましたが、店をはじめて、県外の方などから「岡山といえば山尾悠子さんですね」と教えられ、地元の方だと知って驚き、そうしてそれから20年ほどがたち、このような機会に恵まれました。
山尾悠子さんの小説は、国書刊行会から出ている単行本や作品集で読むことができますが、現在ちくま文庫に入っているものもあります。
初期の作品集『夢の遠近法』、長い休筆のあと発表された『ラピスラズリ』
こちらの2冊は、近いうちに蟲文庫にも並べたいと思っています。
そういえば、『角砂糖の日』にサインを入れるために店までお越しくださった山尾さんから、「ちくま文庫仲間ですね」と言われて、おもわず眩暈でよろけそうになりました。
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まもなく23周年を迎える蟲文庫。どちらの出来事も「つづけていたら、こんなことも起こるんだよ」と、はじめたばかりの頃のわたしに教えてあげたいです。