私にとってのそんな一冊に、リチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』があります。これはブローティガンの本の中では最も出回っているもので、入手も容易。別に珍しくもなんともありません。そもそも私はブローティガンの熱心な読者でもなかったりします。ですが、私の手元にある『アメリカの鱒釣り』、これはちょっと特別なのです。
まだ、蟲文庫を始める前のことです。近所の古本屋で何気なく手にした、現代詩手帖の特集『ブローティガンを読む』(1992年2月号)の中で、当時から熱心に聴いていた友部正人さんの「ブローティガン日和」という文章に出会いました。
ブローティガンの、なんだかわかったような、よくわからないような、詩的で浮遊感のある世界が、そのまま、わかったようなわからないような詩的な浮遊感でもって書かれてあって、「なるほど、そうか」と、それまで掴みかねていたブローティガンの世界は、「なにも掴む必要などはない」ということに、ぼんやりと気がついたのでした。高校時代から、社会学を中心としたノンフィクションものばかり読んでいた当時の私の、ひとつの目覚めのようなものでした。
少し長くなりますが、その「ブローティガン日和」の冒頭部分を引用します。
もう何年か前、とあるスタジオの階段に『アメリカの鱒釣り』が置いてあっ
た。そこはふつうは本を置いておくような場所じゃなかったけど、捨ててある
ようにも見えなかったのでそのままにしておいた。明け方近く、帰るときにも
う一度見ると、「アメリカの鱒釣り」はあいかわらずそこにあって、もう誰も
取りには来ないようだった。ぼくはそれを鞄に入れて家に持ち帰った。スタジ
オの階段に置きっぱなしになっていた「アメリカの鱒釣り」は、今度はぼくの
本棚の中で今日まで置きっぱなしになっていた。
今日引っぱり出してきて見ると、表紙の写真の女性の口のところに煙草の焼
け焦げがあった。ぼくはもう十年以上煙草を吸っていないから、本を階段に置
きっぱなしにした人がつけたんだろう。ぼくはその焼け焦げを無視して、「ア
メリカの鱒釣り」を読みはじめた。
(友部正人「ブローティガン日和」より)
さて、それからというもの、小説類を読みあさるようになった私は、一年もたたないうちに古本屋をはじめることになるのですが、丁度その頃、近くで行われた「友部正人ライブ」にて、たまたまご本人とお話をする機会を得ました。とはいえ、ファンである私にとっては、雲の上のような人です。何を話していいやらわからず、結局「近々古本屋をはじめるんです」といって、開店案内のチラシをお渡しするのが精一杯でした。
ところがそれから2〜3ヶ月ほどした頃、なんと「引っ越しをするので、本の処分に困っていたところです。よかったらお店にならべてください」と、段ボールに数箱ぶんの蔵書が届いたのです。
あまりの事(近所の先輩業者、Mさんにも、「あんた、友部正人が本送ってきてくれたいうだけでも、古本屋始めた甲斐があったなあ」と言われた程です)に、箱を前にしばらく呆然としていたのですが、ともかく気を落ち着けて中の本を確認しはじめた私は思わず息をのみました。そこには、「ブローティガン日和」の中に出てくる、あの「焼け焦げのある『アメリカの鱒釣り』」が入っていたのです。
かくして、「とあるスタジオの階段」から「友部正人の本棚」と置きっぱなし人生を歩んできた『アメリカの鱒釣り』は、めぐりめぐって今は私の本棚で置きっぱなしになっているのですが、大波小波、これまで何度となくあった、蟲文庫存続の危機の場面でも、その都度この『アメリカの...』を手に取っては、「でも、ここでやめたら友部さんに恥ずかしいな」、そう思い直してきたようなところがあるのです。
私が死んだら、いっしょに棺桶に入れて焼いて欲しいと思う一冊ではありますが、でもまた誰かの本棚で置きっぱなしになるのもいいなあと迷うところです。


